山崎忌部神社

阿波の国にいた「阿波忌部」は、麻や楫を植え、特に天皇即位時の一代に一度の儀式である「大嘗祭」において、鹿服(あらたえ)と呼ばれる麻の衣を献上する大切な役割を代々担っていたそうです。その鹿服(あらたえ)を貢進していたと言われる神社が忌部神社

しかし大嘗祭は、南北朝の混乱期以降、600年近く途絶えてしまい、その間に忌部神社も正確な場所が分からなくなってしまいました。そして明治時代になり社格制度発足にあたり、その正蹟を巡っての争いが起こりました。その後、その論争の折衷案として徳島市の勢見山に「忌部神社」を置くことが決定されました。

 

それにもかかわらず、大正天皇の即位時に大嘗祭が復興されて以降、現在まで、大正・昭和・平成と大嘗祭における鹿服(あらたえ)の貢進を担っているのは吉野川市山川町の忌部山にある山崎忌部神社なのです。

山崎忌部神社

 

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