感性を磨くとは、感性の本質である求感性を成長させること

感性を磨くとは、感性の本質である求感性を成長させること

感性を磨くとは

 

感性の本質は、求感性(ぐかんせい)です。

感受性は、感性の現象の一部です。

 

感性は、生きるために必要なものを求める力です。

生物が外部からの刺激に向って運動を起す性質を「走性」といいます

光を求めて伸びる芽や葉は、走光性

水を求めて伸びる根は、走水性

 

感性は、神経系と関係ありません。

神経のない単細胞生物にも感性はあります。

 

 

今までは、感受性を高めることが感性を磨くことだと考えられていました。

感性が豊かな人は、感受性が豊かな人で

「人の気持ちを感じる力」「芸術的なセンス」「流行を感じる力」「ファッションセンス」

想像力が豊かな人だと言われてきました。

そのため感性を磨くために、

五感を研ぎ澄まし、体全体で感じ取ること
 

知らない土地に旅行したり、いろいろなものを食べたり、

多くの人とあったり、本を読み、映画を見ることで感性が磨かれる

と言われてきました。

「感動する」ことが大切だと言われてきました。

 

感性は、受動的なものではありません。

感じようとしなければ、感じないのです。

 

男性で、学生時代は、化粧品にまったく興味がなかったのに、

「化粧品会社に就職したい」と思った瞬間から、

街を歩いていると化粧品メーカーのポスターやお店ばかり

気になるようになるというようなことがあります。

 

自分が見たいものしか見ないのです。

 

 

出会いについて有名な森信三先生の言葉に

 

人間は一生のうち逢うべき人に必ず会える。
 しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎないときに。」

 

という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。

この言葉で大切なことは、この後です。

「 しかし、うちに求める心なくば、
 眼前にその人ありといえども、縁は生じず。」

 

自分が、求めていなければ、縁があっても気づかないのです。

 

 

心の底から湧いてくるものがなければ、

行動にはつながりません。

行動できても、続かないのです。

 

「どうしても〇〇を実現したい」

という気持ちが湧いてきたとき、

どうすれば実現できるかを考えて、動きだします。

このときは、何度もやって、できなくても、失敗したとは思いません。

「どうしたらできるか」しか考えてないからです。

他人から見ると、努力してるな~と思っても

本人は、努力しているとか、頑張っているとかも思いません。

 

他人から見ると「問題がいっぱいある」という状況でも

本人は、「やらなければいけない課題が見えている」という状態です。

問題は、あっても、問題ではないのです。

 

心の底から湧いてくるものがある限り

人間は行動をやめません。

 

だから

「感じてこそ人生」

燃えてこそ人生」

なのです。

 

 

 

最近は、「したいことがない」「やりたいことがわからない」

という人が多くいます。

 

何も感じないときは、理性を使って考える。

自分自身に問いかけてみる。

 

・どんな人間になりたいのか

・どんな仕事がしたいのか

・どんな生活がしたいのか

 

「人間」を置き換えて考えていく

「経営者」「父親・母親」「先生」・・・

 

「自分には、これといって好きなことはない」というときは

・どんなとき時間を忘れて夢中になっているか

・小さいころ、どんなことに興味があったか、楽しかったか

・面白そうと思うことは何か

自分に問いかけ続ける、関変え続けること

 

考えて考えて考え抜いたとき、ふと浮かんでくるものがある

 

これが、「理性を使って感性を成長させる」ということです

感性を磨くとは、自分自身の本音や実感をしっかりとつかむことなのです。

感性を磨くとは、感性の本質である求感性を成長させることなのです。

(感性論哲学 育成講座より)


Source: New feed

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でiwillbecorpをフォローしよう!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

芳村思風×渡邊智恵子 対談① 【22世紀に残すもの】2016年1月10日放送

 

芳村思風×渡邊智恵子 対談① 【22世紀に残すもの】2016年1月10日放送