千古の教場を去るべきとき

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千古の教場を去るべきとき

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芳村思風一語一会 vol.4389☆☆☆☆☆千古の教場を去るべきとき☆☆☆☆☆  大河ドラマの影響で「論語」の本が書店にたくさん並んでいます。現代は時代の過渡期であり、古い時代と訣別し、新しい時代を創ってゆく時代です。西洋の理性の時代から東洋の感性の時代へと変わろうとしています。世界文明の中心は、今まさに、東洋の入り口である日本の真上にきているのです。今や人類は「千古の教場を去るべき時」を迎えているのです。ちょっと不遜な言い方ですが「釈迦やイエスがなんぼのもんじゃ」というくらいの気持ちで、これからの時代を創る新しい哲学や考え方を算出するときなのです。時代を作ってきたキリスト教やイスラム教や仏教などの宗教論語や儒教、老荘思想などの考え方や生き方は、すべて2000年以上前のものです。古い考え方だと切り捨てるべきものではありません。時代を作ってきた考え方は、時代とともに変わらなければいけません古い教えは、学ばなければ超えることはできません。古い教えを活かすだけでなく、それを超えることをめざさなければいけないのです。今、コロナだけでなく全世界にあるのは、精神的な閉塞感です。イエスキリストや釈迦を越えることはできない孔子や老子を越えることはできないほとんどの人が、越えようとは思っていません。越えなければいけないものではなく、守らなければいけないものと考えています宗教が万能であれば、2000年以上もの間、対立や戦い、戦争はなくなっていてもいいのではないか。ここ100年の間、戦いや紛争が世界中でなくなっていないということは、宗教では解決できないということです中東の紛争は、平和な世界へ導く宗教が争いを生み出しています時代は、理性を原理にした画一性の時代から、感性を原理とした個性の時代へと移り変わることを人間に要求しています。しかし残念ながらわれわれの人間性は、まだ画一性を要求する心情から脱却できていません。会社においても同じ価値観を持った人間としか一緒に仕事はできないと言われ、夫婦も違いを理由に離婚し、子どもたちも異なるものを排除しイジメをやめることができていません。宗教戦争をはじめ、対立は「違う」ということから生じています。これからは、「違い」を理由に対立するのではなく「違い」を成長と協力のエネルギーに変えていく力を持たなければならないのです。今人類を襲っているコロナウィルスの問題や自然災害や放射能の問題など不幸な事態は、異なるものを持った人間同士が互いにたすけあい、協力しあい、学びあって生きていく能力と人間性を開発し、人類の人間性をもう一次元進化させようという意図の下に歴史が人間に与えた課題なのです。そして人類は、この課題を乗り越える努力を通してしか、ほんとうに平和な世界や社会を創造する力を獲得することができないのです。異なる考え方を持った人間同士が共に輝いて生きていける本物の個性の時代をどうすればつくれるのか。感性論哲学の歴史観では、日本を中心に起こっている歴史の転換は、数千年に一回の転換と数百年に一回の転換が同時並行的に起こっている、次元の大きな転換だと考えています。明治維新のときとは比べ物にならないほどの大きな変化の時代なのです。ひとりひとりがこの認識をしっかり持つことです。私たちは、今の時代をどのようにとらえ、どう対処し、どのような未来を作っていくのか。政治家は、日本をどんな国にしたいのか、そして世界平和の実現のために、日本人は今何をしないといけないのか、どんな世界をつくるのかという夢と理想を描くこと。経営者は、これから10年20年先どんな会社にしたいのか、親や先生は、子どもたちに夢や理想を熱く語り、この使命を担い得るような子どもたちを育てる夢に生きなければいけないのです千古の教場、去るべきときが来ている●芳村思風先生の勉強会コロナの感染状況で変わることがあります勉強会や講演会、詳しくは、主催者までご確認ください1回だけの参加もOKどなたでもご参加いただけます※お問い合わせは思風庵哲学研究所


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