大嘗祭(だいじょうさい)は、天皇が即位の礼の後、初めて行う新嘗祭。

大嘗祭の中心行事は大嘗宮の儀で、麁服は入目籠に入れ、繪服は入細目籠に入れて神衣(かむそ)として悠紀・主基の神座に祀り、その他の神饌を供え、悠紀・主基の田の新殻をもって天照大神及び天神地祇を奉祭され、自らも食する等、天子の威霊を体得する為の神事の儀式です。
大宝律令の神祇令に「凡そ践祚の日,中臣は天神の寿詞(よごと)を奏せ、忌部は神璽鏡剣(しんじのかがみつるぎ)を上(たてまつ)れ」とあるように、京師の忌部は大嘗祭の都度、皇位の印である鏡と剣を作り奉っていたのですが、1036 年、第 69 代・後朱雀天皇を最後に廃止となり、中臣の寿詞だけとなります。本来の八咫鏡は伊勢神宮で祀られ、天叢雲剣は熱田神宮のご神体として祀られています。

麁服とは、天皇が即位後初めて行う一世一度の大嘗祭においてのみ使用する、阿波忌部が織りあげた麻布の神服(かむみそ)を言うのです。

麁服は天皇自身が着るのではなくて、天皇が神衣として最も神聖なものとして、天照大神にお供えする物です。上古より阿波忌部の氏人が製作するから麁服なので、忌部以外の人達が作成すれば、それはただの麻織物なのです。

大嘗祭は特別な新嘗祭なので、新嘗祭での母屋の舗設を見ると、神座、寝座、御座(陛下が座られる場所)があり、神座は黄端の短畳(たんじょう)、御座は白端の半畳で、神座と御座は相対して西南の神宮の方向に設けられる。寝座は神座・御座の東、母屋のほぼ中央に南北に敷かれる。薄帖(薄い畳)を何枚も重ね敷き、南に坂枕(さかまくら:薦(こも)で作られた頭を乗せる部分が斜めになっている枕)を置き、羽二重袷(はぶたえあわせ)仕立ての御衾が掛けられる。その端には女儀用の櫛、檜扇(ひおうぎ)、沓(くつ)などが置かれ、古くはこれを「第一の神座」と称した。

 

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