感性論哲学の人格論

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感性論哲学の人格論

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 芳村思風一語一会 vol.6014

<感性論哲学の人格論  >
 人間は人格を持って生まれてくるのではない。
生まれた時は動物学上の分類における人類にすぎない。
人間は生まれた後に努力して人間としての格を獲得して人間に成るのである。 
 それでは人格とは何か。
人格の柱は理性ではない。
頭の良い人間が人格者であるとは限らないからである。 
 
理性は作為的であり技術の能力である。
人格は技術ではない。 
人格の柱は、人間の存在論的本質である感性である。 
人格となった人間性は作為的ではなく、
内から自然に現われ出て、感性的に表現されるものである。
 
人間における全ての活動は、
精神的活動も肉体的活動も感性的活動も、
その全てが、感性の中 に知らず識らずの内に経験という形で
記憶として積み重ねられ、蓄積されて、
その総体が人格の実質を自然に形成していくのである。 
 
理性は嘘をつく事ができるが、感性は嘘をつく事ができない。
感性の活動は本心であり、正直 である 
 
人格は、理性の技術的働きを手段として、
感性の活動を人間的であると思われる方向へ働くように
鍛え導く事によって獲得されるのである。
それが修業とか、修養と終業と言われる。 
 
だから「人間に成る」という時、
何が人間以前の段階から人間の段階へと変化するかと言えば、 
それは感性の中に蓄積される感性的実質である。 
 
理性は合理的にしか働く事の出来ない作用的存在であってその本質は変化しない。 
人間の本質である感性が動物的で自然的な段階から人間的なものへと、
その内実と感じ方を変化させるから、
人間は人間としての格を獲得して、
人格を持った人間と成る事が出来るのである。 
 
人間教育の理念は、理性の発達ではなく、
感性の人間化に置かなければならない。 
 
理性的な知識や技術の量だけではなく、
理性の思索的活動を通して得られる自覚の質が、
感性の感じ方を高め、
感性を人間的なものへと成長させるのである。 
 
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Source: 芳村思風 感性論哲学の世界
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