東京思風塾にて行徳哲男先生の講演
昭和51年11月。
芳村思風先生 34歳の時、「感性論哲学の世界」という本を自費出版した。どこの出版社でも取り扱ってくれない。東京の大きな書店を回り、4~5冊ずつ置いてまわった。
「代金も利益もいらないから、この本を置いてください」「もし売れたら店長のお小遣いにしてください。」
2,500円の本だ。
いくつかの書店でレジの横に平積みにしてくれたそうだ。
その中の1件に、渋谷駅前の大盛堂という書店があった。
本を並べた翌日。
行徳哲男先生が何気なく、その本屋に立ち寄って、
「感性論哲学の世界」を手にした。
「考え方ではなく感じ方が人間を決定する」
行徳先生は、扉に書かれたこの言葉を見て、衝撃が走った。自分がやってきたこと、やろうとしていたことの裏づけが、その本に書かれていた。今までやってきたことに間違いはなかった!そう確信したそうです。行徳哲男先生は、その日のうちに、芳村思風先生に連絡を取った。翌日、芳村思風先生は、三重県鳥羽市から、東京の行徳哲男先生のもとへ駆けつけた。「その日から私の人生は変わりました」と芳村思風先生はいつも言う。先人の哲学者の研究という象牙の塔の世界から離れ、20代で、「感性論哲学」を考え出した。もちろん受け入れられるはずがなかった。
「感性」という言葉すら、今のようにはとらえられていなかった時代。
「理性」を磨くことが第一の時代。
「人間の本質は、理性である」と言われていた時代。
「人間の本質は、感性である。」34歳の時書いた「感性論哲学の世界」を、自分の考えを、一人でも聞いて欲しい。ただそれだけの気持ちで、本屋さんに置いてまわった。行徳先生が、実業の世界へと結び付けてくれた。
感性論哲学を人生に活かす。
感性論哲学を経営に活かす。
多くの経営者の方が、感性論哲学との出会いで「自分の中に1本の芯ができた」と話されています。
「いろいろな問題や悩みはあるけど、少しくらいの事では、動揺しなくなった。」そんなお話をよく聞きます。
「行徳先生がおられなかったら、今の自分はありません」「行徳哲男先生は、わたしにとって100%の存在です」一人でも自分の考え方を知ってもらうだけでいい、と自費出版の本を配ってまわった芳村先生。1冊の本と出会って、すぐに行動した行徳先生。以来30数年、変わらず二人の盟友関係が続いているそうです。
2016年11月3日、第4回思風会全国大会inTOKYO
日本BE研究所 所長
行徳哲男 (ぎょうとくてつお)
1933年福岡県生まれ。成蹊大学卒業後、大手財閥系企業に入社。労働運動の激しき時代に衝撃的な労使紛争を体験し、「人間とは何か」の求道に開眼。69年渡米、Tグループと出合い、米国流の行動科学・感受性訓練と、日本の禅や哲学を融合させ「BE訓練(Basic Encounter Training)」を開発。71年日本BE研究所を設立し、人間開発・感性のダイナミズムを取り戻す4泊5日間の山中訓練を完成させ、99年に終了するまで、政財界、スポーツ界、芸能界など各界のリーダー及びその子弟18000余名が参加する。その影響力は、日本にとどまらず、韓国、中国、アジアの政財界リーダーに及ぶ。現在、感性論哲学者の芳村思風氏、筑波大学名誉教授の村上和雄氏らと共に、シンポジウムを通じて「21 世紀の日本の使命」を担い得る若者たちを育てる夢に賭けている。著書・共著に「いま、感性は力」「いまこそ、感性は力」他、多数。
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